余話

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 最後に少年が言った言葉を、娘は確かには聞き取れずにいた。  少年もそれを忘れてしまうが、その想いを声にしたことが、少年にとってはどれだけ大きい意味を持つのか――  ふっと、娘の背後に差した暗影が、その一部始終を感じたかのように、困ったように端整に微笑んでいた。 「――!」  少年の姿が見えなくなった後、最上階へ振り返った娘の上方に、またも黒っぽい暗影が綺麗に笑って佇んでいた。 「あ……――」  その暗影には見覚えがあった。暗影の方も、忘失の暗幕で隠されているはずの娘に気が付いている。 「流惟――……さん……」 「久しぶりね。鶫ちゃん」  にこにこと、体の線がぴったりと出る黒い礼装を纏う女性が、青く流れる無造作な長い髪をかきあげながら、蒼白な鋭い目で娘を見下ろしていた。 「……――」  友達の養母であるその女性。悪魔になってしまったらしき相手を警戒すべきかどうか、娘は一瞬悩んだものの。 「会えて良かったわ。上にいるコ達にも話はしてきたんだけど、やっぱり鶫ちゃんが一番しっかりしてそうだもの」  娘の思った通り、女性に娘が認識できている理由は、上で娘を待つ忘失の結界の主が、女性を安全と認めたことに他ならない。話をしてきたという女性の言もそれを裏付けている。  それなら娘も女性と話をしたいと、階下で立ち止まった。  まず娘は、一応城主である女性に常識的な対応をする。 「……すみません。流惟さんのお城に勝手に入ってしまって」 「――どうして? 招いたのは私よ、鶫ちゃん。私はずっと、貴女達を待っていたの」 「……え?」  女性はそこで、真意の掴めない妖しげな微笑みを浮かべる。友達の養母である女性に対する少年の戸惑いの理由が、娘にも少し共感できるほどに。  しかしその後に続いた言葉は、妖しいというより胡散臭かった。 「狐魄の、取扱い説明書」 「――は?」 「鶫ちゃんなら、口伝えで大丈夫よね。狐魄のこと、よろしくお願いね……有り難う、狐魄を迎えに来てくれて」 「……じゃあ、やっぱりあの仔は……」 「ええ。私の可愛いラピスの――新しい姿なの」  いったいどうして、友達がその形になったかは、女性は語らない。そしてさらさら女性は、その養女のこと――今や式神や使い魔と変わらない存在になったらしい友達について、大切なこととして、存在の維持方法を特に強調して色々と説明する。
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