余話

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 そして後一つ。誰かの言を思い出すなら、女性はまだ、何かを叶えたいと願っている。 ――オマエの運命も、何か変えてくれるといいな、少年。  養子である少年に関わるかもしれないこと。それならと娘は、決意を込めて女性をまっすぐに見つめた。 「ユーオンにもしも何かあるなら――私達も手伝いますから」  だからもう、女性一人で運命と闘うことはないと言うように。  女性はしばらく、そんな娘に、穏やかな微笑みだけを無言で向けていた。 「…………」  真意の見えない、諦観にも見える顔。しかし娘には何故か、とても悲しげに見えた。  やがて女性は、ふっと軽く息をつく。 「……もう十分、手伝ってくれているのよ、鶫ちゃん」 「……え?」 「ごめんなさい。私はずっとそのために……ラピスを貴女達に近付けていた」  あくまで穏やかに――そして悲しげに微笑みながら。  女性は階段を降りて娘の頬に軽く手を当てると、元の青を失った蒼白な目で視線を合わせた。 「流惟さん……?」  本当ならその目は、少年と同じ光を持っていたのが……確かに何かが変わってしまった者がそこに在った。 「でもね……わたしも迷ってしまったから。ラピスとユーオン、ラピスがいると、ユーオンが消えるのはわかっていたのに……わたしは、ユーオンを選ばなければいけなかったのに」  もう、悲しげな顔にしか見えなくなっていた女性に、娘は少年の言葉を思い出した。 ――あいつは……狐魄を心配、してたのかな……。 「ユーオンのためのはずだった……それがわたしの希みなのに。だから私は、その埋め合わせをしないといけないの」 「……それは、どういうことですか?」  くすり、と女性は、悲しげなままで魔性の妖艶な笑みを湛えた。 「鶫ちゃん……狐魄とユーオン、どちらか一人しか、貴女達の元へ行けないとしたら」 「――」 「貴女はどちらを連れて行きたい? と言っても……もう道は定まってしまったのだけど」 ――ありがとう――……狐魄を、助けてくれて。  最上階まで送ると言いながら、娘に背を向けた少年の声がそこで不意に響いた。  自分は行けないと、振り向かなかった少年。まるでそれと知って選んだような言葉に、しばらく声が出せなかった。
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