余話

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 それでも娘は、改めてまっすぐに女性を見返した。 「どちらかだけなんて……流惟さんも選べなかったはずです」  大切なものは何一つ、疎かにできないのが、器用貧乏と言われる娘の性でもあった。 「絶対諦めません。ラピもユーオンも、両方連れて行きたい」  言い切った娘に、女性は改めて悲しげに微笑む。 「私に何か、できることはありますか?」  娘は何一つ事情をわかっていない。本来ならばその確認が先にあるべきだろうが――それを語ってもらえるとは思えなかった。 「ラピだけじゃなくて、ユーオンの力になれること……もしもあるなら、教えて下さい、流惟さん」  魔性の女性はきっと、願いを叶える手立てを全て打っている。その上で話されていない事柄は、語られない意味があるはずなのだ。  そうした形で、無理には事情を尋ねない娘に、女性は少しの間微笑みを消した。 「……そうね、鶫ちゃん」  声には柔らかさが残っているが、冷然とした色がそこに加わる。 「鶫ちゃんは――ユーオンがどうして記憶喪失なんだと思う?」 「――え?」  そして女性は、その養女と養子の現実を口にする。 「ユーオンの記憶を奪っていたのは、ラピスと言ってもいいの。今この結界と同じ源の、ヒトの記憶に関わる力で」 「……――」 「でもそれは必要なことだったの。記憶が無い間のユーオンは、それでようやく、普通に過ごせる余裕ができた状態だった……けれどもう、その力は無くなってしまった」  それはまるで、友達がいなくなることで少年には記憶が戻ったこと。しかしその記憶が少年を追い詰めているという話で、娘は痛ましい気持ちで女性を見つめ返した。 「そんなに、辛い記憶なんですか? ユーオンの過去って……」  いっそ忘れたままの方が、少年は幸せだったのか。  しかしそれは、あの勘の良い少年ならどの道、その歪みにも気が付いてしまうだろう。知らず顔が曇った。
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