余話

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「……」  女性はその問いには、あえて答を告げなかった。  代わりに娘に、謎かけを行うように、 「そんな記憶なら、鶫ちゃんは無い方がいいと思う?」  再びにこりと微笑む。娘はしばらく言葉に詰まった。 「それは……」  胸元で手を握り締め、少しだけ俯いて答える。 「それは私じゃなくて……ユーオンが決めることですよね」  その答は、たとえ少年がどの状態を望んでも、それを娘は受け入れる――今まで通りの在り方だった。  女性はそれを聞くと、穏やかな顔で少しだけ首を横に傾ける。 「そうね………」  正解も誤答もそこには無い。困ったように微笑んでいた。 「だから私も、悩んでいるの……あのコ、本当にバカだから」  むしろ女性こそ、正解を欲していると言うかのように。  ありがとう、と――女性はそこで歩みを再開し、娘の横を通り過ぎながら口にした。 「あのコが決めるのを、待っていてあげてくれる? 鶫ちゃん」 「――……」  階段を降り、今度は下の方から振り返るように立ち止まった女性を、娘は戸惑いながら見つめる。  女性は不意に、一見はあまり関係の無さそうな事柄を唐突に口にした。 「ラピスとあのコはね、本当にそっくりな子達なんだけど」 「え?」 「そこだけは大きく違っているの。ラピスはね、欲しいものがあっても言い出せない子なんだけど、ユーオンは欲しいものがわからないコなの」 「…………」  それはつまり、自覚の有無だけではあるとは言うが、 「だからラピスには、与えることができたけど――ユーオンにはどうしてあげればいいのか、私にはわからなくて」  女性にとって、悲鳴を上げ、救いを掴む機会を得た養女に比べ、まず声が出せない養子は本当に扱い難いようだった。
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