余話エピローグ

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「…………」  紅い少女はその答を、特別衝撃を受けた様子もなく、ただ神妙に受け止める。 「竜牙さんは、まえの竜牙さんに戻りたいの?」  彼女はきっと迷子なのだろうと、赤い髪の娘は思っていた。 「今の竜牙さんじゃダメなの? ……帰れないの?」  そこで彼女はようやく、普段通りの虚ろな顔付きで微笑む。 「……わたしは、昔を振り返ったことなんてないわ」 「じゃあ……何が欲しいの? 竜牙さんは」  今まで懇意だった者達とは、大きく関わらずに過ごす彼女。周囲が心配していることを娘は知っていた。  彼女はそれにも、くすりと魔性の微笑みで応える。 「わたしはわたしの糧が欲しいだけ。だから、まえのわたしの力が戻ってほしい」  「魔」とはその純度が高い程、糧となる何かを必要とする。しかし彼女の前身とは「聖」で、それは矛盾した望みのように感じられた。 「それは――私達に何か、手伝えること?」  何もわからないまま尋ねた娘に、彼女はまた、虚ろな顔付きに戻って笑った。 「いいえ。山科さん達には、狐魄をみてもらってるだけで十分」  そしてここに来てくれたから、もう貸し借りはないとも笑う。 「でも、そうね……貴女達の前では、わたしはわたしでいてもいいのかもしれない」 「……?」 「だって貴女達は、まえのわたしを知らないでしょう?」  その紅い少女の微笑みは、何処までも虚ろと言うしかなかった。 「貴女達はまえのわたしを望まない。だから、今のわたしをそのまま望む」  しかし虚ろであっても、力強い涼やかな声で彼女は続ける。 「わたしはヒトの望みが欲しい。ヒトに望まれるわたしが――わたしがそう在りたいわたし」 「……それって、竜牙さん」 「でも今は、まえのわたしでは在り切れなくて。だから……まえのわたしを知るヒト達の所には、まだ帰れないの」  それが彼女の求める糧だと言う。荒れ果てた白い石の地盤の上で、一際目立つ紅いシルエットは晴天の空を見上げた。 「戻るんじゃなくて、今度こそなりたい。……まえのわたしに」  限りなくヒトに近く造られた、ヒトではない人形。  赤い髪の娘の身内が評した見立てを、確かに体現した紅い少女。それでも人形になりたい願いを持った、確かな心を持つ人形だった。  だから赤い髪の娘は――なれたらいいねと、それだけ頷いていた。 -了-
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