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 「神」を決して、殺してはいけない。  ある惧れの元に定められた、この世界の不文律など、幼女の前身の赤い天使は知らなかった。けれどそれは、天使が少女だった、遠い過去にも出会ったことのある局面だった。 ――全く……命拾いしたわね、貴方。  天使が身に着ける赤い鎧は、鎧の本体に少女の霊を、核として填める黒い珠玉に魂と記憶を分けて宿していた。  そんな奇跡が可能な秘宝の価値を、余さず知っていた者。不滅の聖地に宝の鎧を長く保存したのは、少女が死ぬ前に出会っていた「神」だった。 ――私は、今日から貴方の上司になる者よ。  突然現れ、秘宝である鎧を少女ごと奪おうとした「神」は、ただ秘宝収集家であるだけだった。少女の兄に重傷を負わせ、少女が命を落とすキッカケを作った者でもあり、少女も兄も、殺した方が良い相手と、その脅威は初対面から感じ取っていた。  それでもそうしなかったのは、彼らが私心で殺さない死神と処刑人であったこと。加えて、無意識に把握していた惧れからだった。  「神」を封じるために隠れ里に派遣された悪魔の女性は、依頼者から大切な忠告をされていた。赤い天使はその女性の夢で、瑠璃色の髪の娘と「神」の縁を知ったのだ。 ――いい? 『神』は絶対、直接殺しては駄目。もう一度封じるだけにしてほしいの。  ヒトの記憶を奪う「神」と共存していた娘は、娘自身が、命の遣り取りに乗じる「神」を殺したわけではない。娘に命を分けた悪魔の女性が、封印されていた「神」を宿す炎の獣を殺し、「神」に遷られたのが発端なのだ。 ――『神』は命のやり取りに便乗して、宿主を自らに創り変える寄生虫。殺しても殺されても、あなたは『神』に取り込まれる……それを『神隠し』というのよ。  分けられる悪魔の女性の命を介して、「忘却の神」は娘に遷り来た。直接「神」に触れていない娘を、「神」に書き換えて隠すまではできず、共存――祟った状態になる。「力」の別名である「神」はそうして、「力」の器たる「命」の遣り取りが介在しなければ、顕現できない存在でもある。  だから娘の体を殺した赤い天使にも「神」は遷ってきた。そうして赤い天使を乗っ取った「神」は、赤い天使だった幼女にも「神」たる素因を一部刻んでいく。 「……水華(みずか)が殺してくれなければ、わたしも神になったのかな」  最終的に、「神」が遷った赤い天使を滅ぼし、それで更に居場所を遷した「神」まで滅ぼしたのが、現在同じ部屋で暮らす紅い髪の少女だ。  その時「神」と共に隠されてしまった少女を水華、その後に残った少女を水火(みずか)と、瑠璃色の髪の幼女は区別して呼んでいた。
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