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 朝方に家を出た養父が数日前に呼んだ旧い仲間、紫苑の髪と目の、痩せた体の若い男。  目は覚めているのだが、常に体調不良という状態のために布団から出てこない。鋭く整った顔付きで、睨むように紅い少女と灰色猫を見上げている。  紫苑の男は気怠そうに床上で体を起こしながら、紅い少女が抱える灰色猫を不服そうに見つめる。 「またそいつ、魂だけ連れて出歩くのかよ……そういうの正直、あまりお勧めできないけどな」 「仕方ないでしょ? エルフィ、躰は八歳の子供なんだから。すぐに疲れて眠っちゃうし、それならこの方が持ち運び自由よ」  虚ろに微笑む紅い少女に、苦い顔をする紫苑の男。それらの様子がありありと、瑠璃色の髪の幼女まで届く。 「ピアスからエルフィまで、意識も繋がってるしね。エルフィの直観が届く範囲なら、ここから京都くらいなら、わたしの遠隔操作だってできるのよ」  人間の感覚では考え難い内容を、紅い少女はいかにも嬉しそうに口にする。その言葉の通り、灰色猫の内に在る黒の珠玉は幼女の魂だけを宿し、自我のアンテナを遠くまで延ばせる特技がある。紅い少女も人形として感受性が強い方なので、このぬいぐるみがあるだけでも支配を受けられる。 「よくその感覚で生きてられるな……正気の沙汰じゃないぜ」  化け物でありながら、至って真っ当な感覚を持つ紫苑の男は、端整な顔立ちを強く顰めて紅い人形を見つめるのだった。  紅い少女は、やだなぁ、と心から楽しげに微笑む。 「わたしをそう造ったのは烙人でしょ?」  人形である少女の錬成に関わった「何でも屋」。親とも言える相手を綺麗に見返していた。  改めて不服気に紫苑の男が目を逸らし、冷え冷えとした寝床から怠そうに立ち上がる。 「オレは最終調整を任されただけだ。生物工学なんて畑違いだし」 「でもわたしのクレスントも、三つの心臓も烙人製じゃない。それがあるからわたしはこうなったと思うんだけど?」  少女はクレスントと銘打つ二本の魔法杖を持っている。少し前に「神」を殺すため、「神」が遷り来た自らの心臓を貫いても蘇生できたのはそもそも心臓が複数あるからで、他の二つは両肩に仕込まれ、魔法杖と協調している。  そんな不自然な生き物は、ある強い力を持つ魔族の情報を基に造られた、悪魔の子供と言える身上だった。 「それで水火に魂が宿ったなら、苦労した甲斐はあるけどな」  本来そうした人造の「力」ある生物が、真っ当な人格を得て自律稼働できることはほとんどない。あればこの世界は人造強者だらけになっている。  たとえ人形の性でも、紅い少女がいつしか心を得ていたことは、それを諦めていた紫苑の男には一つの安堵であるようだった。
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