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 紫苑の男の気配を辿り、合流せんとする道中で、紅い少女は始終灰色猫に話しかけ続けた。平然としていても、話さずにはいられないように観えた。  その脳裏に去来していたのは、紅い少女が瑠璃色の髪の娘からまっすぐに晒された光景。直観の灰色猫には感じ取れていた。  既に死した体を、悪魔に縋って生を繋いだ瑠璃色の髪の娘。ここにいなかったはずの者の望みは、最初からそこにはいない、在るべき状態に戻ることで。 ――私がホントは死んでるってわかったら、今までみたいに……みんな、笑って一緒にいてくれない。  幸薄い娘に与えられた現実。新たな優しい両親や友人。  その温かな者達に救われていながら、彼らの前からいつか消えていくのが避けられない定めと、瑠璃色の髪の死者は知っていた。  彼らと長く共にいられない、残酷な出会いそのものを嘆く。せめて自身が消えゆく時に、禍根を残さないことを望む。 ――それならずっと、誰も気付かないでいてもらうしかない……もう誰にも会えないし、何処にもいく所がないよ……。  死者に巣食った、ヒトの記憶を奪う「神」に、瑠璃色の髪の娘が抗い切れなかった最大の理由がそこにある。それは娘に関わった者の記憶から、娘の存在を消して欲しいという昏い望みだった。  しかし「神」は、それが娘の理性的な望みに過ぎないことも知っていた。 ――でも、独りっきりで死んじゃうのはやだ……!  だからこそ分けられる命を拒否できず、娘が生を繋いでいた現実。「神」は娘の望みよりも現実を優先する。  死者の娘の望み通りには、「神」は周囲の記憶を奪わなかった。むしろ娘が望まない形で、兄貴分の少年の記憶を奪った。  それは全て、死者の娘を守らんとしていた少年に、娘の現状を維持させるためだ。娘の望みと現実の混乱、どちらも感じていた直観の少年も混乱し、破綻を迎えることになる。  そしてそれが、たった独りで消えることを娘が本気で望む、最後の引き金となったのは間違いなかった。 ――誰にも知られず消えることができれば、私は良かったの……。  娘のその望みを、「神」が叶えることは結局無かった。  しかしヒトの記憶を奪う「神」とよく似た何かが、娘の望みを叶えんと動いていたのを、やがて灰色猫は知ることとなる。 +++++
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