閑話

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 そこで娘は少しだけ残念そうな顔で、まだ驚いている少年に笑いかけた。 「でもそれで良かったかも。今度から行く所、絶対伝波入らないとこなんだ」 「えぇー。じゃあ新しいPHS、しばらくは買わないの?」 「うん。魔界のおかーさんの所で暮らすことになったから、次はいつ帰れるかわかんないし」 「へ? マ……カイ?」  さらりと口にされた単語を、あまり理解できなかった。なので、わかる範囲で返答する。 「ラピちゃん、お母さんの所にいくの?」 「そーなの。ユーオンもだけど、ユーオンやおとーさんはこっちにも帰ってくると思う」  しかし娘は母の元に落ち着くと、いつもは明るい笑顔が珍しく少し苦い。 「おかーさん、向こうの仕事が大変みたいで。どうしても帰れないって言うから、それなら私が向こうに行こうって思ってさ」 「そっかー……ラピちゃん、お母さんのこと大好きだもんねー」  それは仕方ないね、と笑う。この街で商売人として生き、動きようのない少年は滅多に遠出できず、会いに行けない。寂しくなるな、と思った。 「残念だなー。ラピちゃんに当分会えない上に、伝話もできないなんて」 「本当、私もくーちゃんと話せないのが一番淋しいよ。……あ、でもね――」  何かを思い出したように、娘が顔を上げた。 「私の妹が今度、代わりにここで住むんだぁ」 「え? ラピちゃん、妹さんがいたの?」  うん、と、とても幸せそうにそこで微笑んだ。 「蒼潤君や鶫ちゃん達にもよろしくね」 「わかった、言っとくよ。でも帰った時には寄ってね、また遊ぼーね!」 「うん。ありがと――くーちゃん」  そうしてあっさり、娘は普段と同じように、用事は終わったからと少年に背を向けた。 「またいつでも……会えたら、遊んでね」  その気軽さが続くことが娘の願いで――  だから殊更、特別な別れは必要ないのだと。  そもそも今夜も、本来会いに来れることのなかった娘は、惜し気無く場から消えていく。
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