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 数千年前から幼女は夜行性で、寝巻き姿でいることが好きだ。  その家の誰もが眠りについた夜更けに、灰色猫を抱えながら、一人で縁側に座る。昼間に寝過ぎてしまったので、暗い夜空をしばらく見上げていた。 「……兄さんは……今頃魔界なのかな」  瑠璃色の髪の娘の生が閉ざされた赤い夢。それを何度も観る度に、金色の髪の少年は妹を心配するように様子を窺いに来ていた。  また同じ夢を観るのが嫌なこともあり、幼女は夜行性に拍車がかかっている。それでわかったこととしては、いつも様子を見に来る少年は、自分より眠れていない状態で、顔色一つ変えずに生活しているのだった。 「どうして兄さんは、あんなに身も蓋も無いのかな……?」  誰もそれを望んでいないと知りながら、少年は妹分を失くしたことで自身を責めている。ただ淡々と、常に自らに厳しくあった。 「ラクトは……竜とか精霊はそういうものって、言ってたな」  世界の数多な化け物の中でも、自然の力を基盤とする化け物――竜や精霊といった自然霊は、情けでなく(ことわり)で動くという。  必要なら一切情を殺す兄は、遥か昔から天性の死神だった。  竜の血をひく精霊の兄を持った幼女は、自身はほぼ人間と言える生を受けた。後に竜の珠という秘宝に魂を囚われたが、それでも根本的な人間性は変わることがなかった。  竜の眼という小さな宝で新たな生を得た後も、やはり人間の躰に在るためか、人間である感覚は変わらない。同じ直観を持っていても、兄程に追い詰められることはこれまでなかった。心身も魂も竜の秘宝に守られるが故に、人並みの寿命は生きられるだろうと言われている。  その分幼女は――兄とは違う痛みを、古くから一人で抱える。 「……わたしも……早く母さん、会いたいな……」  善意にも悪意にも敏感だった昔は、溢れる悪意の中で、孤高な暮らしを余儀なくされた。その意味では孤独には強い方だ。  今の幼い見た目と裏腹に、一度死んだ時の年齢は瑠璃色の髪の娘に近い。数千年の時を超えた魂は、一般的な人間よりずっと強い芯の持ち主。だから悪魔なども使えるのだが、それは人間らしい感情の放棄を意味しなかった。 「……ここも、寒い……」  ぎゅっと強く、灰色の猫のぬいぐるみを抱える。  遠い昔に少女を支えた、母の愛そのものの竜の眼はもうない。兄を助ける時に手放し、新たな生を得ることと引き換えに、絶え間ない温もりは失われてしまった。  ずっと居続ける暗い水底。竜の珠に溺れる魂は、そこにいなければ生きることができず、永遠の寒気は諦めるしかない。  目を閉じればいつも、何処までも暗い。ぬいぐるみからは遠く見える夜空を、祈るように見上げていた。 +++++
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