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 ねぇ――と。夕暮れ時に唐突に、瑠璃色の髪の幼女は近くの川辺を訪れた。  京都をほぼ縦走し、南の平原にも続く川へ、瑠璃色の髪の娘のお下がりである功夫服を着ていく。  その薄暗い川辺にいる相手とは、完全に初対面だ。それでありながら、長く果たされなかった再会に無表情に口にした。 「ラピスを返して。ラピスの……お母さん」 「……」  にこにこしながら、ぽかんとした様子の黒い相手。灰色の猫のぬいぐるみを抱えて立つ幼女に、沈む陽を背に沈黙で応答する。 「……」  沈黙には沈黙で応じた幼女に少し観念したように、黒い髪で青い目の女が、皮肉げにも見える顔で微笑んでいた。 「わざわざ酔狂だねぇ。ラピスの妹ちゃんは」  でもね、と女は、残念そうな顔でも笑う。 「シルファはラピスに戻る気はないんだよ。シルフィ……――シルファのお母さんも、ここにはもういないし」  普段は引きこもりの幼女が遥々外出してまで、女の前に現れた目的。それは叶わないとの現実を口にする。 「君を助けられて、やっと安心して眠ることができたシルファを、どうしてわざわざ起こしたいの?」  誰かの命を喰らって生きた死者。最後にやっと、その意味を見出すことができたのだと、黒い女は知っている。 「また命を喰わせれば、確かに可能だろうけど。あのコに更に責め苦を負わせるつもりかな?」  それはただの苦行でしかないと諭す。そんなことは幼女もわかっている。  自らの躰の、実母の躰を使う黒い女。その呪いに負けないように、気持ちを強く持ち、まっすぐに黒い女を見据えて答える。 「ラピスはわたしに、連れていってと言った」 「……」 「わたしは兄さんとラピスに助けてもらった。今度はわたしが、兄さんとラピスの助けになりたい」  それが自己満足に過ぎない思いでも、昔から幼女は気ままに、私情で動く性質なのだ。 「まだ何か……できることはあると思うよ」  この場で解決することではない。それでもまずは所信表明に、自らの躰を一度殺した者の元へ現れた幼女だった。 「エルちゃんは本当、前向きだねぇ」  幼女とその躰の関係を、黒い女は知っているようだった。  元来持っていた強い霊的な感覚で、名乗ってもいない幼女の愛称を簡単に言い当てる。ただ遠く、幼女と同じ青の目で笑った。  その黒い女の、中身はいったい誰であったのか。それだけはこの先も、長く明かされることはないままで。
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