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傍らのその遣り取りを、術師の子供は黙って見守っている。剣士の兄が、代わりに現在の状況を伝えた。
「その件は決着がついたようだと、父上は言われていた。もう過ぎたことだし、悠夜も俺も、今更どうこう言う気はない」
冷静ながら溜め息をつくように、幼女に目を向けて言った。
「でもそいつ――ユオンの妹がまた悪魔に唆されないように、と父上は心配されてる」
「あら。その悪魔というのは、わたしのことかしら?」
にこやかに剣士を見た紅い少女に、剣士は一段と厳しい目線を返す。
「そこが曲者だ。父上もあんたについては、加害者になれる被害者だと、難しい顔をされていた」
「ふぅん。レイアスはいったい、わたし達についてどんな風に、何処まで貴方達のお父様に話したのかしらね」
鋭い霊感を持った術師一族と、近いようで異なる敏さを持つ紅い少女。少女自身も一度ならず、悪魔使いの手で人形化した「魔」であり、その事変に巻き込まれた側だった。
「じゃ、わたしがエルフィから離れるか、わたしがエルフィを連れて帰れば、貴方達は満足?」
「……水火」
少しだけ顔を顰めて紅い少女を見た。幼女の代わりに汚れ役を引き受けようとしている紅い少女が、余裕そうにひらひらと手を振る。
あくまで冷静な術師の子供は、いいえ、とあっさり回答する。
「悪魔召喚の依り代になり得るような物は、預からせて下さい。貴女達に悪意が無くても、利用される可能性もあります」
目前の紅い少女は、聖性と「魔」のどちらも持った、純度の高い存在であること。それ故の危うさを憂慮する深い黒の目で、紅い少女と幼女を見つめた。
紅い少女が黙る傍ら、かつての悪魔使いは俯くしかなかった。
「これは……おねえちゃん達の……」
アンテナの無いPHSと、灰色の猫のぬいぐるみ。瑠璃色の髪の娘の形見も大事で、猫のぬいぐるみの方も、幼女をかつて深い水底で見つけてくれた者がくれた媒介だ。
どちらもひし、と抱き締める。その両方が確かに、悪魔の依り代となりえる業の深い道具だった。
手放すことを思って、あまりに寂しくなったせいだろう。その空気の心許なさに、術師の子供が少しだけ、バツが悪そうな顔付きとなった。
「それなら――……決してその依り代を悪用しないと、ここで約束して下さい」
「…………」
父である公家から、ただその拙い幼女を守ってやってほしいと頼まれた彼らにとって、悲しませることは本意でないのだ。
その厚意を確実に、感じ取っていながらも――
「……これが必要なことが、あるかもしれない……」
数少ない己の能力を使わない約束はできない。誠実に答えるしかない。
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