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「――悠夜⁉ それに……ラピのお母様⁉」
瓦の屋根の上に、絶大な異変を唯一感じ取れた赤い髪の娘が、すたっと降り立っていた。
「鶫ちゃん⁉ 何で……⁉」
類稀な術師の父達ですら、この異変には気付いていない。それなのに現れた従姉に、術師の子供が血相を変える。
「あららん。あんまりゆっくり、お話はできないみたいだねぇ」
二人の子供を守るように間に入った娘に、女は首元の襟巻を触りながらくすりと呟いた。
「新しい娘ちゃん。ラピちゃんを返せと言うなら――君は何を、代わりにあたしに差し出すのかな?」
「……」
「猫羽ちゃん⁉」
女のその言葉だけで、赤い髪の娘はある程度状況を悟ったらしい。ダメ! と瑠璃色の髪の幼女を抱き上げていた。
「そのヒトは――猫羽ちゃんやラピのお母さんじゃない!」
「ツグミ……」
強過ぎる「魔」の気配を感じ、全身に緊張を走らせながらも、幼女を守ろうとする赤い髪の娘。幼女は思わず、その細い首にしがみついた。
そして改めて、娘の腕の中で女を見上げ、幼女は口にする。
「わたしは……あなたには何も差し出さない」
「――お?」
契約という概念に縛られる悪魔召喚の儀式で、在ってはいけないその身勝手。
「プレゼント。わたしが生まれたお祝い、母さんからもらうの」
自らの存在そのものを礎とした契約。そんな強請を幼女は伝える。
「それはラピスのおかげだし……だから母さんは、ラピスにお礼をしていいの」
赤い髪の娘が現れたことで、言える言葉に制限がかかってしまった。その中で何とか口にした取引に、術師の子供が唖然としていた。
「それって……猫羽さんがいて嬉しければ、言うことをきけって内容ですか?」
見も知らぬ娘と、女は一度口にしている。それにも関わらず、幼女の存在は嬉しいはずだと、そう信じて疑わない図太さがそこにあった。
幼女は確かに、それを信じていることもあったが。
「……わたしが何か差し出したら、ラピスは傷付く」
だからそれは譲れないと、まっすぐに女を見つめて言った。
「…………」
女は全ての表情を消して、冷徹な視線で瑠璃色の髪の幼女を見下ろす。
やれやれ――と。
長い髪をかき上げながら、悪魔が空中で立ち上がった。
「新たな娘ちゃんと、昔馴染の頼也君、幻次君の子供ちゃんに免じて。契約なき徒労の召喚には目をつぶってあげましょう」
これまでと一転した真面目な口調で、警戒する子供達の目線に、くすりと女は妖艶な笑みを返す。
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