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新婚さんになったばかりの幸宏宅へ、進物を携えた親友が訪ねてきた。
色が薄いスーツを着こなした慎だ。
彼は独身の時は着るものにまったくこだわらず、見苦しくなければ良い程度の身なりだったが、嫁をもらって一変した。
着ている物が変わったのではない、手入れが行き届いた衣服を身につけるようになっていた。
奥方の賜物だな、と幸宏は思う。
先頃かけ始めたという眼鏡の縁を持ち上げる仕草が慣れてなくてわざとらしい。
「おや」と彼は口に出して言う。
ちゃぶ台の上にある、縁が欠けた湯飲みを見てのことだ。
小さな花瓶代わりの湯飲みには、小さい青い花がちまちまっと活けられていた。
「その雑草は」
「雑草って言うなよ」幸宏は間髪を開けず言う。
「何だい、慎君。知らないの?」ふん、と鼻息が荒い。
「教えてあげようか。オオイヌノフグリって言うんだよ」
得意げにふんぞり返る友人を、慎はさくっと無視した。
本来なら、夫婦そろっての訪問のはずだったのだが、慎単身での訪問だった。
お祝いの熨斗紙包みとは別に、バナナが添えられていたのはご愛敬だ。
「闇市寄ったのかい?」の問いに、眉尻だけ上げて答えて寄こした。
「奥さんはどうしたの。さっちゃん、会うの楽しみにしてたのにさ」
「今日の所は失礼させてくれ。あれも、詫びてくれと言っていた」
「具合でも悪いの」
「悪いと言えば……悪いのだろうな、床に伏せっている」
何とも歯切れが悪い答えだ。
「あんた、のんびり外出していいの!」
幸宏は声を上げる。
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