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「早く帰って看病してやりなよ」
「いや、あれがそれには及ばないと」
「もう、何ってるんだよ、慎君は気が利かないなあ」
ここまで言って、幸宏ははたと思い立った。
「もしかして、君……」
「悪阻が始まって辛いから家から出たくないと」
しれっと慎は言った。
「子供か!」
「まあ、本当に?」
茶の仕度をしていた幸子はのれんをかき分け、顔を出す。
「尾上君、おめでとう」
いや、と慎は頭を振った。
「今日は君たちへの祝いを持ってきたつもりだったんだが、何というか…」
「めでたいことだ、いいじゃないか!」
「まあ、そうなんだが」
「そうかあ、君もとうとう父親か」
「まだピンと来ないがね」
「……ちくしょう、子供も先を越されたよ」
ぼそりと幸宏はこぼし、知らず後ろに視線を送ってしまう。送られた先の幸子は「子供……?」と言いかけ、ぱっと顔を赤らめて台所へ引っ込んでしまった。
ちゃぶ台の向こうでは親友が、目を線にして黙っている。
ゴホンと咳払いをした幸宏は話題を変えた。
「そうだ、お茶。まだ来ないなあ。幸子ーっ。お茶まだー?」
おーいお茶! とのれん一枚へだてた台所へ叫びながら、はたと思いついた。
「ねえ、慎君」
「何だ」
「君も、『おいお茶』とか言って頼むのかい」
「ああ。それが何か」
幸宏はつい吹き出していた、台所でもしゅんしゅんと湧く湯の音にまぎれて、盛大に吹き出す声がする。
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