【15】オオイヌノフグリはそよぐ

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「早く帰って看病してやりなよ」 「いや、あれがそれには及ばないと」 「もう、何ってるんだよ、慎君は気が利かないなあ」 ここまで言って、幸宏ははたと思い立った。 「もしかして、君……」 「悪阻が始まって辛いから家から出たくないと」 しれっと慎は言った。 「子供か!」 「まあ、本当に?」 茶の仕度をしていた幸子はのれんをかき分け、顔を出す。 「尾上君、おめでとう」 いや、と慎は頭を振った。 「今日は君たちへの祝いを持ってきたつもりだったんだが、何というか…」 「めでたいことだ、いいじゃないか!」 「まあ、そうなんだが」 「そうかあ、君もとうとう父親か」 「まだピンと来ないがね」 「……ちくしょう、子供も先を越されたよ」 ぼそりと幸宏はこぼし、知らず後ろに視線を送ってしまう。送られた先の幸子は「子供……?」と言いかけ、ぱっと顔を赤らめて台所へ引っ込んでしまった。 ちゃぶ台の向こうでは親友が、目を線にして黙っている。 ゴホンと咳払いをした幸宏は話題を変えた。 「そうだ、お茶。まだ来ないなあ。幸子ーっ。お茶まだー?」 おーいお茶! とのれん一枚へだてた台所へ叫びながら、はたと思いついた。 「ねえ、慎君」 「何だ」 「君も、『おいお茶』とか言って頼むのかい」 「ああ。それが何か」 幸宏はつい吹き出していた、台所でもしゅんしゅんと湧く湯の音にまぎれて、盛大に吹き出す声がする。
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