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蛇のように繋がれたチューブの一本でも踏めば日向を殺してしまいそうだった。看護師が出て行くように叫ぶ。
死が、そこまで迫っていた。痛烈な重みが俺にのしかかる。
日向が死ぬ? 俺とお前の日々が終わってしまう? そんなの嫌だ!! 目の前を全て、真っ黒な闇で覆われて泣き出すこともできずに立ち尽くす。
『和雄、さん』
「日向っ!!」
暗闇を照らす、一点の光がさした。
『指切り、しましょう。私が、貴方と、貴方との未来をずっと一緒にいられるよう、ゴホッ!! ゴホッ!! ブッ!? ハァッ、ハァッ、ハァッ!!』
「ああ、指切りしよう。俺達はずっと一緒だ」
指切りをした。小指同士を絡ませて、その直後、日向の小指がスルリと落ちた。
「全部、夢だった」
病室のベッドで俺は呟いた。切り落とした左腕はもうない。救急車で運び込まれ、手術して、意識が戻ったのは数週間後のこと。
「全部が夢だったわけじゃない。ただ、貴方は日向さんの死を受け止められず、妄想に浸ることで全てをなかったことにしていただけ」
「仮音(カオン)」
「って、何度も説明したけど?」
呪いを解いてくれた少女こと、仮音はキョトンと小首をかしげた。
「自分の妄想癖のたくましさに驚いてたんだよ」
「ヘビーでしたもんね。蛇だけに」
「つまらないシャレをやめろ」
「うむ、最後に言っておくことがあった」
俺の言葉を無視して、仮音は言う。
「呪いは解いたけれど、その傷跡がなくなったわけじゃない。これから貴方には、良縁はない。いくら良好な関係を築いても特別な関係にはなれない」
恋人を作ることはできない。
「ああ、わかった」
清々しい気持ちで答える。仮音は言っていた。呪いを解くことは失うことだ。左腕を失って、誰かと特別な縁を繋げなくなっても、
「俺には、大切な思い出があるんだ」
「そして、また、くそ重たい妄想話を展開させるんですね。仮音さん、わかります」
「しねーよ」
「それでは」
仮音はすっと立ち上がる。
「仮音」
「なに?」
「また、呪いを解きにいくのか?」
「うん、それが私だからね」
ピシャリと扉が閉められる。誰とも縁を繋げない。それは仮音も例外ではない。扉を一枚、隔てただけでプツリと途切れ、仮音はさようならだけは言わなかった。
「いつか、また、会いたいな。仮音」
さようならは言わない。
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