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事情を説明することはできない。俺の彼女、束縛女が日向が俺の小指を切断したなんて言ったところでどうにもならない。
仮に言ったとしても、それは地雷原に一歩、踏み出すことと同じだ。死ぬ。社会的に、人格的に死ぬ。残ったのは、束縛女との歪みきった関係と、事情を隠して雇ってくれる会社だけ、打算と束縛という吐き気のする関係だけ、
「俺は、もう、疲れたんだ……、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けてくれ、助けて」
助けてくれ、この言葉をいつか言いたかった。誰にも言えない言葉だ。見ず知らずの、正体不明の少女に言ってしまうほど追い詰められていたと自覚する。
左腕の蛇の入れ墨がズキズキと痛んだ。
いや、見ず知らずの少女だからこそ、話せたのかもしれない。何も知らない、日向も知らない、見ず知らずの少女。
「よいでしょう。了承しました。貴方の呪い────」
───────バタン、ギシッ、ギシッ、ギシッ。
背筋に冷や汗が伝った。来る。来る。あいつがここに来る。準備する時間も、身構える覚悟もできなかった。
「大丈夫、安心してください」
着物を翻し、少女は立つ。その手には一本の日本刀が握られていた。
「誰?」
扉が開き、日向が入ってくる。俺は悲鳴を上げることを必死にこらえた。両手に抱えたスーパーの袋がとても似合わない、グリッと充血した瞳、ヌラヌラと蠢く、髪の毛が蛇ようにうねっていた。
「誰? 誰? その人は誰? 私がいるのに、私がいるのに、和雄さん。そんな小さな女の子を連れ込むなんて、お仕置きが必要でしょうね」
「────待ってください」
シャランと日本刀の切っ先が、舞う。
「貴女は、この人にとって呪いでしかない。この人は、貴方と縁を斬ることを望む」
「うっさいわねぇ!! あんたなんか聞いてないのよ。邪魔よ!!」
グシュリッと日向の髪の毛が、逆立ち蛇に変わる。シャーシャーと鎌首をもたげながら数十個の瞳が俺達を見抜く。
「……………あうっ、いやっ、だっ」
ハァ、ハァ、ハァと呼吸がくるしくて、辛い。左手の蛇の入れ墨がゾワゾワと皮膚を駆け上って、トンッと少女が床を蹴った。
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