1997年のポートレート

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「お前は聞いていないのか」振り返って妻に言う。 「何でもかんでも把握していると思わないで下さいな」加奈江は冷たい。  ひとりで雲行きを怪しくして息巻く父親の耳に、表を回って庭先へ来る足音が聞こえた。 「ごめんなさい、間に合った?」  撮影用に少し良い服を着て、入念に化粧をした娘が入ってくる。 「出掛けに彼に会ったから、連れてきたの。今日、ロンドンへ発つ前に叔父さんにあいさつしたいから、って」  庭の隅っこで頭を下げる、かつての教え子の男子に慎一郎は会釈して、最悪のタイミングで現れたね、と思った。 「またそいつか!」  普段より小綺麗にしている娘が発する『彼』のひとことに異様に反応した政から、期待通りの怒声が上がった。 「誰って……大学の先輩で叔父さんの教え子の……って、何度説明しなきゃいけないわけ?」  娘は少しむっとして答える。 「付き合っているのか?」 「はあ?」  裕と、隅っこにいる元教え子はそろって言う。  違う違う、と娘は手を振った。 「ばっかじゃないの、お父さん。何言ってんの」  明らかに不機嫌な声で応える裕の頬は、ほのか赤く染まっていたが、娘の言う言葉と表情には、まったく一切耳を傾けず、気づこうともせず、政は叫んだ。 「俺は、絶対、許さんぞぉー!」  すみませーん、お時間なんですけど、いいですかあ? とカメラマン氏の声がのんきに響く、尾上家の本宅はとりあえず、平和な時間が流れていた。  マツリカの花が、フフフと笑うように風に揺れていた。
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