追い風1000km

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「……言い間違いじゃなかったんだ」小声で言う息子へ、父も同意した。 「推測になるが……。もう機長格のパイロットしか残っていないのではないかな」 「根拠は何」 「さっきも言っていただろう、もう3機しか運行してないと。縮小が決まった時点で新規パイロットの養成は止まる。後継者の育成は無駄だからな」 「何か……さびしいね、それ」 親子はそれきり口をつぐむ。 双葉は窓を向いたきり。 機体はゆるやかにタキシングし、滑走路をすべり、離陸体勢に入った。 飛行機には何度も乗ってきた、それこそ赤ん坊の頃から。使い慣れた移動手段だ。 けれど、耳慣れない音がする。 そうか、サインの電子音が違うんだ。 走行中の振動と早さも同様だ。 二階席の湾曲した窓から見える視界は高く狭い。 サイン音が離陸を告げる、一斉に起動するエンジン音が、重く大きい。 気がついたら窓の風景は斜めになり、空だけになっていた。 いつ飛んだかわからないぐらいのゆるやかな離陸だった。 初めて乗る機体だからか、違いばかりが気になる。 飛行機なんてどれも同じだと思ったけど、次元が違うと思った。 そうか、父さんはこの感触が好きなんだな。 函館空港へ往復するだけのフライトを父が提案した理由が少しわかった気がした。 台風の余波で北日本は低く垂れ込めた雲に覆われていた。 雲海以外何も見えない。 晴れていれば東北の地を眼下に収められたのに。秘かに震災後の地域を上から見てみたかった双葉はあてが外れてがっかりした。こればかりはお天道様の采配、どうしようもない。 機内アナウンスが秋田県上空を通過したと告げた時、慎一郎の耳にはハイフェッツのシャコンヌが流れていた。戦後間もない頃にラジオ放送された番組の録音テープが大量に発掘され、それを復刻したアルバムからの抜粋だった。バイオリンが奏でる緊張感を孕む弦の響きが強く印象に残る曲だった。 双葉の前後に座る乗客は、飽きもせずシャッターを押し続けていた。 何をそんなに撮る物があるんだ? 落ち着かない奴だなあ。 マニアの情熱に双葉は呆れるだけだった。
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