追い風1000km

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「父さんがお前の歳より少し上だった頃だ、747が日本に就航した。高輪の家から羽田は近かったから、しょっちゅう空港へ行っていた。あの頃は天空橋が空港への終着駅で、今の国際空港がある辺りに建物があった。成田が開港する前だ、羽田が文字通り日本の表玄関で、今以上に外国からの航空機が到着してた」 「ジャンボだらけ?」 「そうだ、ジャンボだらけ」 「慎一郎少年は、僕もパイロットになるんだあ、って夢を育んでいたわけだね」 賢しげに腕を組んで言う息子の口調に、苦笑しながら「こいつ」と頭を小突いた。 「もっとも、初めて見た時は不格好な奴だなと思ったがな」 頭頂が膨らんだ機体を指差した。 「ユーモラスな顔といえば聞こえはいいが、正面から見ると。新幹線か怪獣の頭のようだろう」 「何となくね」 「そして大きい。滑走路を走る時はもたもた、飛ぶ時も重い腰を上げてよっこいせと離陸する、よくも落ちないものだと感心した。が、人間、見慣れてしまうんだな。不格好だと見えたものが、気にならなくなる。次にはそこに美を感じるようになった。何事も様になり、旋回する姿は優雅に見えた。自分が、操縦したいと思ったんだ」 「ちっさいきっかけだなあ」 正面の滑走路の端から端まで目を走らせ、双葉は言う。直後に言い過ぎたかな、と思った 「そうか?」 答える父の声は普段通りだ。 特に激することもなく、さりとて陰鬱でもなく。深い声で包み込むように話す。 双葉は父と話すのが好きだ、どんな話題でも飽きるまで付き合ってくれるからだ。世間を騒がせたニュースから、今日のご飯のおかずについてや学校で起きたこと、弟とケンカしたことや、果ては今はまっているゲームまで。際限がない。全て受け止めてくれるから止まれない。 そして、わかった風で双葉は思う。子供の夢は他愛ないものだ、と。 自分はまだまだ子供なのに。 けど、他愛無いから純粋で、ひたむきにもなれる。
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