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◇ ◇ ◇
順調に南下を続けた854便は羽田空港へのアプローチに入る。
往路とは逆の窓際に座っていた双葉の目には、主翼の先にスカイツリーが遠く霞んで映る。
東京へ戻ってきた。
ただ乗って帰るだけ、観光もせず、土産物もない、旅にもならない移動。
一時間半に満たないフライトも間もなく終わる。
往路と違い、復路は父子共々始終無言だった。
10時半に東京を発って函館に到着したのは12時頃。そして東京へ発ったのは13時より少し前。
いつもなら昼ごはんがどうの、腹が減ったのとうるさい双葉が珍しく文句ひとつ言わない。
父が己の来し方に思いを馳せるのと同様、息子も何か思うところがあったのか。
往路と同様、ソフトなランディングで854便はほぼ定刻通り羽田空港へ到着した。
スポットは地上。
乗客はボーディングブリッジを使うゲートではなく、タラップを降りて地上へ降り立つ。
間近で記念撮影をお楽しみ下さいという航空会社の配慮だった。
「記念に一枚、撮るか?」父親はスマートフォンを掲げて息子に問う。
「いらない」即答した後、すぐに言い直す、「いる」と。
「なら、近くまで寄った方がよくはないか?」
ごったがえす人を避けながら、スマートフォンを構える父に双葉は言った。
「誰かに撮影頼めるかな」
「何故」
「だって……ふたり一緒に写れない」
ぽつりと漏らした息子の願いはかわいいものだった。
家族連れで、あるいはひとりで、同じように撮影を頼む人は多かった、他の乗客に、あるいは航空会社の職員にカメラを、スマートフォンを渡している。
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