第一章:ロビーは無国籍

2/5
前へ
/37ページ
次へ
「十二時までにはこっちに着くの?」 スマートフォンで話しながら、私は見るとはなしに、ガラス張りの回転ドアの方を見やる。 磨き抜かれたガラス板には、鏡さながらロビーの風景がまばゆく映し出されていた。 その虚像越しに、水面下を泳ぐ魚の(うろこ)さながら目を刺す街の灯りが無数に認められる。 だが、いくら明るくても、もうすぐ夜の十二時というのが問題だ。 「もう、夕食は取ったんだよね?」 夕食付のプランでホテルを予約しなくて良かったと改めて思う。 「私はもう自分だけで食べたよ」 本当は夕方に喫茶店で紅茶とケーキを食べたのが最後だけど、正直、さほど食欲はない。 というより、近頃は規則正しく食欲が起こらない。 ニュッと胃の下が持ち上がる感触を覚えて、私は自分のお腹に目を落とした。 それに、毎日時間通り食べなくても、子供を宿したお腹は日を追うごとに膨らんでいく。
/37ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加