第一章:ロビーは無国籍

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「仕方ないね」 久し振りに休暇を取って夫婦で旅行するつもりが、急遽、夫に仕事が入ってしまったという皮肉。 「平日だし、四月の一日(いっぴ)だもの」 前もって申し出て休みを取るはずが、日付が変わるまで働く羽目になるなんて、正に不況の日本に相応しいエイプリルフール。 「明日からは休めるんだから、ゆっくりしましょう」 お腹を撫でながら、ロビーの高い天井を見上げる。 そうすると、ほのかにジャスミンを含んだ甘やかな香りがした。 嗅ぎ取れる匂いは、しかし、百パーセントジャスミンではなく、他にも雑多な草花を溶かし込んでいる。 それが、このロビー全体に漂っている。 これは日本ではなく、もっと暖かい南の「アジア」の匂いだ。 このホテル自体は東京にあっても、運営会社が拠点を置いているのは香港だ。 だから、おもてなしの香りも和風でも洋風でもなく、かといって完全な中華風でもない。
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