第一章:ロビーは無国籍

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いつまでも天井を見上げていると、いかにも呆けた風でみっともないので、向かい側のソファに目線を戻した。 座る人のないビロード張りのソファは、まるでこちらを威圧するように膨張して見えてくる。 近場の旅行で高いホテルを選んだとはいえ、やっぱり分不相応なところに来てしまったかもしれない。 そう思った瞬間、今度はシュッとお腹の中が縮こまる気配がした。 私の方ではもう妊娠を機に先月で退職して、夫の収入だけで生活しているのだから。 「じゃ、気を付けて来て」 スマートフォンを切ると、辺りが急に静かになった気がした。 自販機の稼動する重低音と車が外を走り抜けていく音が浮かび上がってくる。 気付かずに随分、大きな声で喋ってたみたいだ。 一瞬、ひやりとするが、素知らぬ体で原因の道具をハンドバッグに隠す。 そんな風に振舞う自分は図々しくなったとつくづく思う。 むしろ、学生時代の方が公の場ではもっとしおらしかった。
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