第一章:ロビーは無国籍

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まあ、いいよね。 ものの五分も話してないし、このロビーだって、もうそこまで人影もないし。 隣からふわりと甘く温かなコーヒーの香りが流れてきた。 さっき買ったペットボトルのお茶はもう僅かだから、私も買い直すかな。 自販機は、回転ドアのすぐ脇にもあったはず……。 確かめるべく、そちらに顔を振り向けた次の瞬間、まるで動けなくなる呪文をかけられたように体が凝固した。 隣のソファに腰掛けて、白いハイネックのセーターを着て、(のみ)で彫り込んだように鮮やかな横顔を見せていた相手がつと向き直る。 正面から見た風貌が明らかになることで、私の中の金縛りが解けるどころか、新たに全身の血が吸い込まれていく感触に襲われた。
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