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序章
少女が彼の文字を初めて見たのは、秋の書道展会場でのこと。
大人達の見学者に混じってひとり、明らかに学校帰りとわかる女子学生は、長い髪をきっちりと三つ編みにし、白の三本線が襟とカフス、襟元に入ったセーラー服を着ていた。スカーフはえんじ色、真っ白い襟カバーが襟を覆う制服は名門白鳳中学校のもの。
実年齢より大人びて見えるのに着ている制服は中学。見た目のギャップから、彼女を振り返って見る人は一様に、「高校生? いや、でも、あの制服は……」という目で見る。
人の目には一切お構いなく、彼女、水流添(つるぞえ)加奈江はある作品の前で足を止め、そのまま釘で留められたように動けなくなった。
流麗な筆致に鮮やかな墨の色。
半紙の上で文字が歌うように舞っていた。
この人は、何て鮮やかに楽しそうな字を、対話しているように書けるのだろう。
嫉妬すら覚える自分と同学年の書道家の書く文字に、彼女は恋をした。
書き手の名前は、尾上政(つかさ)。
季節は晩秋まっただ中。
週明けの月曜日には初めての進路指導が彼女を待ち受けていた。
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