【1】あこがれとの出会い

2/10
前へ
/10ページ
次へ
序章 少女が彼の文字を初めて見たのは、秋の書道展会場でのこと。 大人達の見学者に混じってひとり、明らかに学校帰りとわかる女子学生は、長い髪をきっちりと三つ編みにし、白の三本線が襟とカフス、襟元に入ったセーラー服を着ていた。スカーフはえんじ色、真っ白い襟カバーが襟を覆う制服は名門白鳳中学校のもの。 実年齢より大人びて見えるのに着ている制服は中学。見た目のギャップから、彼女を振り返って見る人は一様に、「高校生? いや、でも、あの制服は……」という目で見る。 人の目には一切お構いなく、彼女、水流添(つるぞえ)加奈江はある作品の前で足を止め、そのまま釘で留められたように動けなくなった。 流麗な筆致に鮮やかな墨の色。 半紙の上で文字が歌うように舞っていた。 この人は、何て鮮やかに楽しそうな字を、対話しているように書けるのだろう。 嫉妬すら覚える自分と同学年の書道家の書く文字に、彼女は恋をした。 書き手の名前は、尾上政(つかさ)。 季節は晩秋まっただ中。 週明けの月曜日には初めての進路指導が彼女を待ち受けていた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加