第1章

2/3
前へ
/3ページ
次へ
彼女は、 深夜営業を生業とする飲食店の新しい従業員だった。 先日辞めてしまった給仕の代わりである。 地上ではなく地下に人工の月を擁する店舗のオーナーは、 色に関して性質が悪いと専らの噂であった。 彼に手を出される所為で、 従業員の勤務が長続きしないというのが、 常連客の間では常識となっている。 尤も、 辞めたばかりの給仕とは、 僕も一度だけやったことがあったので、 噂の真偽は定かではない。 一方、 料理人の腕は確かであり、 扱う酒の種類も豊富。 大学に程近い場所柄だからなのか、 集う人種の年代は若い。 僕も件の大学に在籍しているから、 その部類である。 但し、 群れるのは好みではない。 大抵、 カウンターの端っこで一人、 時間潰しをしていた。 始めに気になったのは彼女の声であった。 何のグループかは知らないが、 数人の男に囲まれた舐められ易そうな男が、 入口付近で殴られていた。 僕はその様子を漫然と眺めていた。 よく見る光景だったからだ。 「お客様、他の方のご迷惑になりますの でご遠慮願います」 「会計を済ませて頂いて、店外でならご 自由にどうぞ」 慇懃無礼とはこのことだろう。 鼻白む男たちが出て行った後。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加