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春、桃色の花が咲き乱れる時期。
一番好きな季節ではあるが、この季節は、少し手を加えると儚く散ってしまう。
例えば、雨が降ってしまったとする。
凛々しく咲いていた花は雨によって簡単に散らされる。切ないものだった。
そんな場面を見てると、やはりあの記憶が鮮明に思い出される。
……駄目だ、思い出しちゃ駄目だ。
嫌な記憶を忘れるために頬を叩く。
それに今はユウタの家に住んでるんだ。嫌な気分にさせちゃったらいけない。
「コハル」
「…あ、な、何?」
話しかけてきたのはユウタの弟であるキリト。
少し長めの黒髪に、人工的に付けられた赤のメッシュが特徴的だ。
そんなキリトは菜箸を持ちながらふてくされた顔でこういった。
「あいつ、まだ寝てると思うから起こしてきてよ」
「また?わかった」
キリトが言う、「あいつ」とはユウタの事だ。
いつからかわからないが、兄のユウタに対しては何故か辛辣なのだ。
これこそ反抗期なのだろうか。
コハルは狐のお面を付け直し、今の部屋を出た。
ユウタの家、とは言い張ったものの、本当は家賃も何も払っていない、ここは廃墟なのだ。
だから一歩玄関から出たら鉄のコンクリートと鉄筋、という灰色ばかり。
だいぶ埃っぽくなっているため、咳をせざるを得ない。
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