第1章

9/12

7人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
最初は飯炊き、次第に母は成長するうちに男の夜の相手をさせられました。幼く、また、ろくに勉学もしてなかった母にとって、男から捨てられることは死に繋がることとだけは、わかっていました。 「だから、貴女の母は男に従った?」 そうですと私は頷きました。両親のもとに戻ることはできません。読み書きができない母にとって男に媚びを売り、従うことが彼女の処世術でしたけれど、 「けれど?」 けれど、夜の相手するうちに、男の子供を身ごもりました。母にとっては、それは衝撃的な出来事でした。何もなかった自分にとって『守るべき者』、『母性』が生まれた瞬間でした。 「でも、それを男は許さなかった? 借金返済のかたにやってきた娘と子供ができたなんて、世間体が悪い」 そう、男は母に卸すよう迫りました。子供なんて殺してしまえ、お前だけ養ってやってるんだぞと、しかし、母は抵抗しました。従うだけだった母は身ごもった子供を守るため、男ともみ合いになり、そして殺してしまいました。不慮の事故、偶然の産物、天の気まぐれ、自業自得といろいろ言葉を重ねることはできたけれど、母のやったことは許されることではない、人殺しは罪でした。 恐ろしくなった母は、子供がいるのも忘れ逃げました。雨風に打たれ、転がり、地面を這うようにして逃げ出し、母にとって最大の罰が下されました。 「母は子供を流産した」 腹の中で子供は死にました。毎日、ろくなものも食べないで走り続けた結果です。母は強い後悔に襲われました。男に続き、守るべき者まで殺してしまった。 悲しみと後悔のすえにたどり着いたのが、この村でした。村人達は、素性のわからない母を訝しみましたが、心優しいお坊様は手伝いとして、招き入れてくれました。 「そして、母とお坊様は恋に落ちた」 母は、生まれて初めて受けた優しさだったのでしょう。事情も聞かずに助けてくれたお坊様を意識するようになりましたが、母は汚れた罪人です。仏に仕えるお坊様に想いを伝えることなど、できるわけがありませんでした。 気持ちを押し隠し、数年の月日がたったころ、村に飢饉が襲いました。大勢の村人が死んでいくことに、心を痛めたお坊様が、海の神様を鎮めるために死ぬと聞いたとき、母はやっと自分の過去を話して、自分の気持ちを打ち明けました。 「それで?」 お坊様は、母の気持ちを受け止め、たった一晩だけ、一緒になりました。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加