【2】視線は心を裏切って

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尾上政 加奈江にとって、政との出会いはあまり良い印象がなかったが、本人のイメージと書は別物だった。 制作に入る時の姿勢は、彼女が今まで接してきた書家の誰とも似ていなかった。 あえてあげるなら、加奈江が通っている教室の先生に似ていた。 とてもストイックに、一枚一枚を丹念に書いた。 書く量がとても多いのに、どれにも手抜きがなかった。 墨をすったり、紙を選んだり、お道具の手入れをとても大切に行っていた。 そして、とても楽しそうに書く。 一度、それを伝えたら、 「遊んでいるように見えるのか」 と言ってそっぽを向かれた。 そんなつもりで言ったんじゃないのに。 加奈江は悲しかった。 そして、悲しく思う自分が不思議だった。 「あいつはストイックすぎるんだよ」とらっきょ部長はとりなしたけど、政は彼の年齢に見合わぬ好評価を上の世代の人から得ているという。 私みたいに市井のおけいこレベルの人間とは違う悩みがあるのだろう、と思うことにした。 そういう自分の書は、やはり荒っぽくてダイナミックと部員の皆に言われた。 「見た目から入ると、尾上と水流添さんの字は交換した方がしっくりくるよね」とは部長の言。 自分でもその通りだと思った。 荒が目立って落ち着きがない、と教室の先生にも何度も言われている字を、「良い」と言ったのは唯ひとり。 政だけだった。 「俺は好きだな」 ぽつりと言われて、また自分の中の鈴がリンリンと鳴った。 「好き」という言葉に過剰反応しているだけ、思春期の熱病のようなもの? と自分を落ち着かせようとした。 ◇ ◇ ◇
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