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入学した学校にも環境の変化にも慣れたある日。
いつものように部活で書を書く政を見て、加奈江はあっと驚いた。
政の字が、変わっていた。
書き方を変えてみたという字は、ダイナミックそのもので、躍動感に溢れていた。
この書き方は……
もしかしたら、私の字を?
真似ているの?
彼は様々な書家の字を、絵をたしなむ人が模写をするように研究しながら書いていた。その書家を選ぶように私の字を選んだのだろうか。
彼女が感じたのは、嬉しさよりねたみだ。
ヘタだと言われつつ、君の個性だから、と先生にも直すようには言われていなかったのに、たかが数ヶ月で、この人は、私が何年もかかって身に染みついたものを会得してしまったのだろうか。
出来る人は違う。
何でも素早く、自分の中に取り込み、かみ砕いてしまう。
才能の差を感じた。
くやしいと思った。
顔色が変わった加奈江を見て、政は何か言おうとしている。
けれど、気付かないふりをして、彼女は書道教室を後にする。
それきり、部活へ行くのはやめた。
部活動も、辞めてしまった。
らっきょ部長は何度も引き留めたけれど、「飽きてしまったので」と言って、ごめんなさいをした。
習字の習い事は続けていたので、書道そのものを辞めるわけではない。
けれど、政と顔を合わすのは、何故か嫌だった。
その後、廊下で何度かすれ違うことはあっても、彼女も、そして彼も顔を背けてそれきり。
高校一年生はそうして過ぎて終わった。
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