一章、肉じゃがを食らう

5/12
前へ
/247ページ
次へ
どうせ準備室には行くからと日誌の受け取りを願い出てみたが、あっさり断られた。そんな事をしたら担任に怒られるという。 確かにそうだが、出来れば共に向かうことは避けたかった。だが俺は、当たり前のように横を歩き始めた彼に何か言えるはずもなく、とぼとぼとワックスの剥げかけた廊下を進むしかなかった。 彼よりも俺のほうが身長は拳一個分高く、彼の長い睫毛が程よく日焼けした肌に影を落とすのがよく見えた。 中庭に何かを探すように窓から外へ視線を投げている。雀が囀りながら飛び去るのを目で追っていた。 俺はすれ違う生徒に挨拶を返しながら、妙な息苦しさに首元を緩める。 今日は紺と白のストライプ柄のタイで、元カノからの誕生日プレゼントだった。 捨てるのも惜しいので有り難く使わせて頂いている。 視線を感じてついと右を見ると彼がこちらを見ていた。相変わらず口元は緩んでいる。 「どうですか? 学校。慣れました?」 「まあ……少しは」 慣れたのだろうか? そんな事を考える余裕すら無かったように思える。 「近藤先生は、環境に興味とかってあるんですか?」 興味? あるわけがないだろう。そんな本音は飲み込んで、代わりに適当な言葉を幾らか見繕う。 「まあ、人並みには。地球温暖化とか、海面上昇とか。最近じゃゲリラ豪雨とか?」 何気なく彼とは反対の窓へと目を向ける。近くの山の深緑に、濃い雲が覆い被さってきている。あの辺りは雨が降っているんだろうか。 「うんうん。当たり障りのない答えですね」 「え?」 思いも掛けない辛辣な返しに、肝が冷えた。俺の警戒心が更に高まる。彼はそんな俺の気を知ってか知らずか、独りよがりに会話を続ける。 「じゃあオカルトには?」 「オカルト?」 陰気臭い四文字に自ずと眉間に皺が寄る。どうやら彼はそういうものに興味があるらしい。少し興奮した様子で順に指を立て始める。 「UFOとか、UMAとか。超能力とか。パラレル系とか。幽霊とか。ざっくりいうとそんなとこです。興味、ありませんか?」 彼は俺の顔を覗き込むように、ぐっと顔を近づけてくる。
/247ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加