一章、肉じゃがを食らう

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まるで何かの新興宗教に勧誘されているようだった。 中々の気迫で、つい頷きそうになる。それに耐え切ると、力を振り絞って小さく首を振った。葵は残念だと言わんばかりに肩を落とし、力ない動作でスラックスに手を突っ込み何かを引っ張りだした。 彼の差し出した手に何かがジャラジャラと垂れ下がっていた。鍵束のようだ。 家の鍵と思しきものや小さな自転車用のもの、用途不明のアンティーク鍵までついている。 その中に緑色をしたプラスチックの人形が隠れていた。 「チュパカブラとか背骨がチャーミングで好きなんです」 「いや、俺そういうのはちょっと分からないかな……」 俺は無理やり笑ってみせた。顔の筋肉がピリピリと痛む。 「そうですか。やっぱり皆、不確実なものは嫌うんですね。そういうのがいいのにどうして分かんないかなあ」 そうぼやきながら大切に握りしめた拳をポケットに突っ込んだ。 彼がオカルト好きというのは意外でも何でも無い。予想範囲のド真ん中を突き抜けていく感じだ。 もしかして黒魔術でもやってんじゃないのか? 俺の怪訝な顔つきにも彼はただ笑って返す。 長い長い沈黙の後、漸く担任の姿を見つけた時は感泣しそうになった。 ノックをして滑りの悪いドアを動かす。 「ああ、お疲れ様です。近藤先生」 柔らかい微笑みで迎え入れてくれた彼の、その爽やかさがよく目に染みた。 二年一組の担任で生物教師である田中涼実は、三十代とは思えない童顔で見た目通りの物腰柔らかな性格だ。 癖毛を自然に後ろに流しているのだが、戻ろうとする髪を描き上げるのが癖らしい。田中という苗字の教師が別にいるので、生徒からは主に下の名前で呼ばれていた。 理科準備室の中は湿っぽく、両側に設置してある木棚から古臭い匂いが漂っていた。実習中は職員室ではなく、理科室に併設されたこの準備室に待機している。 他の実習生も担当の教師に着いて回っているので、社会化室だったり職員室だったり見事にバラけてしまった。
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