二章、ハンバーグを食べる

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「まさか覚えてないんですか! 思い出して下さい、先生! 幕末の京都で反幕府勢力を取り締まってた武装組織と言えば?」 何故そんな流れになったのか皆目分からないが、教師の卵として生徒の質問には誠意を持って答えを返してやるべきだとは思う。 半ば反射的に応えた。 「新選組」 頷いた彼から視線を外し、改めて周囲を見渡す。 すっかり暗くなってしまっているが、遠巻きに心配そうにこちらを眺めている人々が反対の遊歩道に立ち尽くしているのを見つけられた。 何かがあったのは間違いないのだ。思い出せ。何があったのか。 べらべらと話し掛けてくる生徒を煩わしく思いながら、必死に記憶を辿る。彼らと一緒に学校前の坂を降っていたのは覚えている。 そうか。ここは、その坂の下だ。 「では、その新選組局長と同名である貴方のフルネームは?」 「だから近藤勇じゃねーって何遍言ったら――」 そうだ。真っ赤な人間だ。それに血走った目と皮膚を刺すような痛み。 俺は何が起きたのかを思い出し、愕然とする。 表情の変化に気付いたのだろう。彼は少し語調を軽やかにして満悦に言い放った。 「局長、御無事で何よりです」 「それもう一度言ってみろ、ぶっ飛ばすぞ」 慇懃無礼に敬礼する彼をキッと睨みつける。 「良かった。先生、頭無事みたい」 依然としてニヘラと笑みを湛えたままだったが、逃げるようにして俺から距離をとった。 勿論、実際にそんな事をしたら大問題になる。 冗談のつもりだったが、余裕がなくて機械的に返してしまったのが効いたらしい。静かになったので結果オーライだ。 俺は漸く足腰に力を入れて立ち上がる。 どれくらいこの態勢でいたのか知らないが、錆びれたシャッターに凭れ掛かって首を垂れていたようで頚椎が痛い。 見ると背広にも塗料の粉が模様を描いている。背を払った際に汚れた左手を恨めしく見つめていると、生徒二人が笑った。 「先生、倒れる前に思いっきりシャッターで背中こすったからねえ」 陽気な方の彼が背中を叩いてくれたが、同じ様に薄らと掌を白くさせて直ぐ諦めてしまった。俺は険しい表情で彼におずおずと切り出す。 「なあ、どうなったんだ……?」
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