一章、肉じゃがを食らう

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冗談にしてももう少し言い方とか適切な反応とかあるだろう。 いつまでも彼が笑顔でいるのが不気味だったからなのもあるだろうが、何故彼が自分に話し掛けているのか意図を知れないのも問題だった。 とどのつまり俺は、この彼が怖くて怖くて仕方がなかったのだ。 俺が教育実習中に振り分けられたのが環境学科という異種クラスだった。 殆どは普通科と同じなのだが、週に何時間か環境に特化した授業がある。教育実習期間も何度かその授業に参加しているが、環境のかの字も興味が無い俺にとっては実につまらないものだ。 彼はそのクラスの生徒で、確か名前は葵〈あおい〉、だったか。 男女問わず誰にも話し掛けるような社交的な子だが、大分変わった考え方をする為に変人として周囲には認知されている。 それはあくまでも環境学科を外から眺める普通科生徒の所感であると言いたいところだが、あの特異クラスでもずば抜けて変わっているのだから凄い。 あの変わり者の巣窟で、間違いなく彼は一線を画していた。 大抵は一番後ろの席に座り、読書に勤しんでいる。いつもその姿ばかりでトイレに行くだとかいう姿を見掛けたことがない。若しくは、職員室辺りの廊下ですれ違う程度か。 そんな彼が、俺の前に立っているというのは一体何なのだ。 一瞬そんなことを思ったが、よく考えれば俺は彼のクラスで実習を行っているのだ。彼に話しかけられるのは、これが初めてというわけでもない。 そうだ。落ち着け。 彼に用が無いのならば、さっさとここから立ち去ればいいだけだ。どうせ誂われているだけだろう。 二重瞼のくっきりとした双眸から逃れるように視線を外して、近くの手洗い場に目を留めた。 何部か、女子マネージャーが冷水機から水を汲んでいる。 「あ、葵君だっけ。特に用がないんなら俺、準備室に戻らないといけないから……」 「待って下さい、涼実〈すずみ〉先生に近藤先生からもコメント貰ってこいって言われてるんです」 彼が何かを広げてみせる。日直日誌だった。 そうか。ちゃんとした理由があったのだ。 彼は俺にコメントを貰いたくて、立ちはだかっていただけなのだ。そうならそうと最初から言って欲しかった。
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