回転肉屋

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「ねえ、最近『お肉』食べてる?」  休日も終わりの近付いた日曜日の午後、由美がわたしに訊いた。 「うーん、ここ最近は、あんまり」  わたしはしばらく考えて、さながら質の悪い肉のような歯切れのよくない答えを返す。  先輩の住むマンションの一室、二人してベッドに寝転がりながらの会話だった。 「ダメよ京子、たまには好きなもの好きなだけ食べて、ちゃんとストレス発散しないと」 「わたしもどうにかして、とは思ってるけど、なかなかエモノが見つからなくて」 「まあ……一昔前よりマシとはいえ、手に入りにくいのは確かだものね」  週末の休み、由美先輩の部屋に呼ばれて、二人で過ごす。それ自体はまあ、どこにでも転がっている程度の話だ。だが、わたしたちの会話の中で『お肉』という単語が指し示すのは、スーパーなどで切り売りされていたり、惣菜として売られているもののことではなかった。 「近所の人の目もあるし」  わたしは一旦体を起こして続けた。 「そうそう犬猫ばかりも連れて帰れないから」  わたしたちの話題にのぼる『お肉』とは、生肉。  獲物を直前に切り刻んで。あるいは毛だけを落とし、生きたまま齧りつく。そんな、この上なく新鮮な生の肉のことだった。  ペットブームの過熱に伴って打ち捨てられる動物が増え、以前と比べれば求めるものを手に入れられる機会は多くなった。だが、充分に満足できる程とは言い難い。成長しきった野生動物を捕まえるのも骨だし、あまり保健所に通い詰め、不審者としてマークされても困る。わたしは大げさに不満げな表情を作って見せた。 「じゃあ今度、一緒に食事に行きましょう」 「食事、ですか」 「この前、とても良いお店を紹介してもらったの。きっとあなたも気に入ると思うわ」  先輩はわたしよりもなお『お肉』を愛してやまないし、味にもうるさい。野鳥とか、誰かに捨てられた仔犬仔猫などはとうに食べ飽きているはずの人だ。その先輩がこのタイミングで話を切り出し、かつ『とても良い店』と言うからには、いわゆる普通のレストランや料亭の類とは、ちょっと趣の異なる店なのではないだろうか……。  未知の領域、あるいは未知の味覚というものに、わたしは単純に興味がわいた。 「気になるなあ」
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