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「……だけど、このままで済むわけないだろ」
茶色の柔らかな髪に、どこまでも澄んだ黒い瞳の青年──天之河が、痛みを堪えるように低く呟きを落とし、座る脚の上で節ばった長い指を組み合わせた。
安楽椅子に凭れたそのさまを、昴──闇のように黒い髪と黒い瞳の青年は、眺めながら塗り固められたようだと思う。そのシーンに完結したさまだ。
「──だけど。天之河、」
「……いつか、きっとくる」
反駁する言葉も思いつかないままに、それでも切り出しかけた言葉は、天之河の言葉に遮られた。
昴が食い入るように見つめている天之河の姿は、その視線は、けれど昴の方へ向けられることはない。自らの組まれた指を、見るともなく見下ろしている。
「……流星は。どうしたって、思い出さずにはいられない」
昴は視線を逸らし、窓の外を見やった。カーテンの向こうに濁る空が塗りつけられている。外は朝から雨だ。真夏の空からは、生ぬるい水が絶え間なく落ちてくる。古い時代のレコードが回転しだすときのノイズに似た雨音が、この部屋──天之河の部屋の時間を塗り固めるのに一役買っている。
「流星は思い出すだろ。──それが、自分に与えられた“最初の言葉”なら」
……分かっている。
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