第1章

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「はいはい大丈夫よぉ。それよりシュウちゃん、お茶飲んでいきんさい」  山本のおばあちゃんが台所に入ろうとするのを止める前に玄関の方から、山本さぁん、と呼ぶ声が聞こえた。耳の遠いおばあちゃんは気付かなかったらしく俺が代わりに玄関へ向かう。 「やっぱりシュウちゃんじゃ。ここにおったんじゃねえ」  これは向かいの家の林さんだ。こちらも曲がった腰をトントンと叩いて、勝手に他人の家へ上がり始める。 「ありゃ、林さん」  上がり込んだ林さんにやっと気づいて、二人のおばあちゃんが話始めた。 「シュウちゃんのバイクが見えたけぇ」 と林さんは笑顔を見せて、 「梨をようけもろうたけぇ、お裾分け」 と袋から大きな梨をごろごろと出した。 「こりゃあ立派な梨じゃねえ。シュウちゃん、切ったげよう」  梨を持って、また台所に引っ込みそうになった二人を俺は慌てて止めた。 「ごめん。まだ配達が残っているから、もう行かないと」  二人は小さな目をしばしばと瞬かせて、 「この先に人の住んどる家なんてまだ、あったかいね?」 「ほら、この先の山裾にある大きな一軒家だよ」  ああ、と林さんが気づいたようで、 「昔のお庄屋さんの家よ、山本さん。奥さんが亡くなって、だぁれも住んどらんかったのに先月また、人が住み始めて」 「ほうね。まあまあ」  二人のこのやり取りは既に何回か聞いている。どうも新しい出来事は覚えにくいらしい。俺の祖母もそうだから、年を取ってくると皆、そうなのだろう。  お庄屋さん、と屋号で呼ばれた家は遥か昔はこの村の本当の庄屋だったらしいが、数年前に一人で住んでいた老婦人が亡くなってから長く空き家になっていたようだ。時々誰かが来て残った家屋の管理をしていたみたいだが、最近になって人が住むようになった。 「でも、あがぁな山奥にどんな人が住んどるのかねぇ」 「若い男の人だったよ。俺よりも年上だろうけど」  ほうね、と二人して仲良く返事をする。この会話も何度目だろう。
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