第1章

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砂漠と化した荒野に風が吹き抜けていく。見えるのは見渡すばかりの砂の大地と、巻き上げられた砂によって生まれる砂嵐。 風によってうねる砂は太陽の光を浴びると影を生み、まるで悪魔が忍び寄るかのように蠢いていた。 そこに凄まじい爆音を響かせて車が走ってきた。車はある場所でその勢いを緩めた。おもいきりブレーキを踏まれたせいか、タイヤは悲鳴のような音を上げ砂の上を滑っていく。止まった車のドアを開けて男が一人出てきた。男は周りを見渡すと呟いた。 『ここか…』 男は誰もいない荒野に目を凝らす。 『まだ誰も来てないのかよ』 ぼそりと呟いた男は車の前に移動し、自慢の愛車に背をもたれて座った。 男の耳に届くのは吹き抜けていく風の音だけ。まるで悲鳴のようにも聞こえる風の音には慣れたつもりでいたが、一人でいるとその音は心に孤独と言う名の影を落とす。 男は片方の膝に肘を乗せると、ふと空を見上げた。昼間でもその目に映る二つの月。手前に見える月は大気の白と水の青がはっきりと見える。 『マザー』 そう呟いた男の声は少し寂しげだった。
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