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「あれ?先輩?」
ところが、明日香から返事が返ってこない。インカムが故障したのだろうか。夢葉はおかしいと思い、何度かインカムを軽く叩いて明日香と連絡をとろうとする。
「夢葉ちゃ~ん・・・」
少しノイズが入ったあとで、インカムから遠く太く声が聞こえてきた。耳を澄まして聴いていると、突然、額をトンと何かで突かれた。姿は見えないが、誰かが自分の目の前にいる。
誰かではない。夢葉の額を突いてくる人など、彼女が知る限りでは一人しかない。
「明日香先輩!いきなり、何するんですか!」
逢魔の狭間にいる明日香の姿を夢葉は見ることができない。彼女は明日香が今、どんな姿でいるのか分かっていない。
模歌水族館に到着するまでの間、バスの屋根にずっと明日香はしがみつくという、映画のスタントマン並のアクションをやらされていた。それに、屋根の上では風を凌げるようなものはなくショートヘアの髪は乱れに乱れて、本物の幽霊のような姿になっていた。
インカムからは明日香の怒りの声が聞こえる。
「夢葉ちゃん!なんで、屋根の上なのよ!初夏とはいえ、時速六十キロは出ているバスの上って、結構、寒いのよ!」
「怒らないでください。悪いと思ってますけど、これも兄様の為です!さっきだって、明日香先輩のおかげで、兄様とソーヤさんが結構、良い雰囲気になったではないですか」
「人を幽霊に見立てておいて、何を言っているのよ・・・」
車内で、ソーヤが見たフロントガラスに張り付いていたという幽霊。あれの正体はもう言わなくても分かるだろう、明日香だ。夢葉の口車に乗せられて、屋根の上に座らされた彼女は血走った目でソーヤではなく、彼女の隣にいた夢葉の方を睨んでいた。まるで、長年の仇でも見ているかのように。
前夢葉の言葉からも明日香がどのような状態でいるのか分かっていたと察しがついてたらしく。
「はい」
少し反省したのか声のトーンを落として言う。
「ったく、私だったから良かったものの。もし、他の人だったら大事故に繋がっていたかもしれないのよ」
明日香はポーチバックから百均で買った折りたたみ式の櫛で髪を梳かしながら、夢葉の無茶ぶりに呆れていた。
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