その1

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 確かに、静佳は落ち着き身動きせず、冷静そのもの。一部の隙もなかった。なぜなら、こうして、冷静さを装っていなければ、今すぐにでもバスから飛び降り脱出を図りかねないから。表面上では分からないが、内心ではすごく緊張して、足は小刻みに震えていた。  模歌水族館は少し前に新装オープンしたと聞いていたが、まさか、ここまで多く人が模歌水族館に行く為に集まるとは思ってもいなかった。他のバス停に止まることなく走り続けたとしても、バスが到着するにはおおよそ一時間は掛かる。一時間、人が密集するバスの中、それもソーヤが半ば抱きついているような体勢でいなければならないというのか。 (な、なんとかしなければ・・・!)  小刻みに震える身体を落ち着かせつつ、静佳はこの危機的状況をどうにかできないか見回った。すると、バスの後部座席が都合良く二つ空いているのが見えた。両脇にはすでに客が座っていたが、周囲を人に囲まれ身動きがとれなくなるよりは、ずっとマシに思えた。 「こっちに・・・」  静佳は歯をガチガチ、小刻みに震わせながらソーヤを連れて後部座席に座る。右側にソーヤ、左に女友達なのか二人組の女子がいたが贅沢は言っていられなかった。あのまま、長時間も立ちつくしたままでは最悪、気を失って倒れていたかもしれない。辻利家の者として、世間にそんなマヌケな姿をさらすにはいかない。それに、後部座席な他の誰かに話しかけられることもないだろう。あとはスマホで小説でも読んで、やり過ごしていれば。 「あのすいません。このバス、模歌水族館行きですよね?」  静佳がポケットにしまったスマホを手に取ろうとしたら、彼の左側に座り、大きなサングラスをかけた女性が申し訳なさそうに彼に声をかけてきた。  急に見知らぬ女性に声をかけられた静佳は背もたれに寄り掛かっていた背筋をピンと伸ばして、その人を見る。 「私、このバスに乗る初めてなのです。模歌水族館行きですよね」  サングラスをかけ変装していた亜華火が静佳に尋ねた。あの時、ソーヤがラブレターを静佳に渡しに行った時、スマホで小説を読んでいたので姿を目撃されてはいない。それでも、念のためだ。声もソーヤに聞こえないよう出来る限り、押し殺して、静佳に耳打ちするように言う。
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