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北川?と呼びかけようとした俺の耳に、小さな声が届いた。
「…せん…せい?」
たった一言なのに、体中の血が沸立つ気がした。
6年間、ずっと聞きたかった、声だった。
ほんとに先生?と思っているのが伝わってくるような不安げな押し殺した声。
よく喋って、よく笑う、準備室でたくさん聴いた翠の声。
聞けなくなるなんて思っていなかった。
こんなに、声だけで愛しいと思うなんて思っていなかった。
あまりの衝撃に声が出なくて…、気がついた。
翠は、俺が一言も発さないのに、俺の事を呼んだ。
消していなかったんだ。
5年間、一度も使わなくても…翠は俺の番号を、消していなかった。
それに気づいて、どうしようもなく胸が震えた。
「…北川、元気だったか?」
返事をする声が、震えないようにするのが精一杯だった。
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