episode1 紫煙の向こう

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「…好きじゃなくてもいい」 思わぬ距離で聞こえた声に驚いて傍らを見ると、彼女がすぐ近くに立っていた。 「そんな事言わなきゃよかった。 …煙草、全然吸ってないじゃない」 「…ごめん」 火をつけたけれどろくに吸ってもいない煙草を、携帯灰皿にねじ込んだ。 「寒くない?」 コートを着ていない彼女に尋ねつつ、羽織っていたコートの前を開けて、来る?とだけ示してみる。 「…そういうことされると、期待したくなるじゃない」 「あー、ごめん」 期待したくなる、といわれるとそれは駄目だな、と思ってしまう。 目の前に居る彼女と自分の関係は、今はまだ恋人同士。 だけど…お互いに、この関係は終わりなのだと気づいていた。 「謝らないでよ」 見上げてくる彼女の瞳には、涙が溜まっていた。 「いいなぁ、あなたの好きな人。 何年も会ってもいないんでしょ? それなのに…あなたの心を独り占めできてるなんて」 「…あいつは、俺がこんなに好きだなんて知りもしないよ」 俺だって、こんなに忘れられないなんて思いもしなかった。 「近くに居たら…見てくれるかもって期待したの」 真っ向から否定するのは、躊躇われた。 きっとたくさん、悲しい思いも寂しい思いもさせたはずだから。 「やっぱり、だめなのね」 「ごめん」 「終わりにしよう?」 彼女の選んだ、その選択を断る理由はなかった。
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