二十 ネオロイド

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二十 ネオロイド

 二〇二八年、六月二日、金曜、晴れ。  開学記念日のため、全ての講義が休講になった。  朝から修士論文の実験をつづけて昼食に自宅へもどった。  今週の付き添いは幸恵だ。幸恵は、省吾が帰宅すると銀行へでかけた。  食卓に着いてTVのニュースを見る。 「東欧の紛争が激化すれば、原油が値上りします。景気が低迷するかも知れません」  キャスターは、ふたたび勃発した東欧紛争を鎮めるため、合衆国がやきもきしている状況を報道している。 「原油が値上りしても、会社は建設だけじゃないから大丈夫といってた・・・」  幸恵が理恵に漏らした話によれば、横山建設株式会社は本業の建設業と住宅機器販売部の他に「教材機器販売部」を増設した。『横山・住宅機器販売株式会社』と『横山・教材機器販売株式会社』を設立する計画らしい。将来、理恵の『横山・会話教材機器販売』を横山建設株式会社の傘下にする気だ。  その時。 『「横山・教材機器販売」は二人が所有する完全独立企業だ・・・』  と声が聞こえたように思って、省吾はふりかえって東の窓の外を見た。家庭菜園の柿の木に烏がいる。烏が精神空間思考するはずない・・・。 『どうしたの?省ちゃん』  省吾は理恵に視線をもどした。 『あの烏、言葉を伝えたような気がした・・・』 『ニオブのアーマーかもしれない。アーマーは変身するの・・・』  理恵は菜の花の和え物を口へ運んでいる。 『ほんとかっ?ニオブの事、もっと説明してくれないか?』  省吾は驚いた。 『ごめんね。突然、記憶が現れるから、くわしい事はわからないの。わかったら知らせるね』 『うん、頼むよ。食べ物の好みが変ったね』 『脂身のないのを食べたくなったの』  理恵はビーフシチューを食べている。  六月二十一日水曜、雨、昼休み。  昼食のため、省吾は雨の中、傘を差して徒歩で家へむかった。  大学院の授業も修士論文の実験も順調だ。このまま実験が進むと、年内に修士論文を書ける・・・。  交代で別荘に来る母たちは、理恵の検診や買い物に付き添っている。母たちは可能な限り理恵の行動に手を貸さない。できる事は全て理恵にさせる。その事は理恵の母より、省吾の母のほうが徹底している。母たちなりの世話だ。  理恵は母たちを頼りにせず、近所のおばさんが付き添っている程度に考えている。出産後は気持ちが孫にむいて、理恵など眼中になくなる母たちを思うと、その方が気楽だと理恵はいう。  省吾は、母たちが省吾たちを監視しているように思えた。今週の付き添いは省吾の母だ。省吾と理恵を気遣ってこの時間は別荘にいる。監視するようにいつも理恵のそばにいる理恵の母とはちがう。  帰宅した省吾は洗面をすませて食卓に着いて、精神空間思考で理恵に訊いた。 『母たちが俺たちを監視してるように思えてならない。俺たちがネオロイドの可能性はないだろうか?あるいはその逆で、母たちがネオロイドで、俺たちを監視してる可能性だ・・・』 『二人がエージェントとしても、私たちはネオロイドじゃないよ。私たちがネオロイドなら、高田が以前いた時空間を話して、あなたが時空間転移意識か確かめる必要はないはずだよ・・・。  母たちがネオロイドなら、私たちを抹殺するため、時空間転移したかどうかいろいろ質問するはずだけど、私は二十年間生きてきた。二人は孫の誕生も願ってる・・・・。  母たちも私たちもネオロイドなら、京子さんはネオロイドの私たちを監視すると思う。京子さんは高田を監視してるんだから・・・』 『疑ってすまない。母たちを探るが素性はわからない。単なる母親じゃない』 『いいのよ。私も二人を探ったけど、わからなかったわ』 『俺たちは他時空間で、どうやってクラリックと戦ってた?どうやって国家連邦を成立させた?』 『わからない。記憶がないの・・・』 『S市へ行ったら亮に会って、他時空間で何があったかそれとなく訊いてみるよ。  この時空間で何をすべきか、俺たちの事がわかるかもしれない・・・』 『会いに行く口実が必要だね・・・。  上武電気に、小型軽量な音響再生機器の開発を依頼するのはどうかな?  他企業の音響再生機器の開発に便乗するの。いいでしょ、このアイデア』 『いいね!メモリーカードを使った、携帯より小さくてコンパクトな、気軽に持ち運びできる再生機にすればいいよ・・・』 『横山・会話教材機器販売』の会話教材と会話再生機器の販売は順調だ。これまで販売契約を結んだ外語会話学校や予備校など、専門学校への教材と機器のメンテナンスに加え、新たな専門学校との販売契約の他に企業との販売契約が成立している。  バイリンガル社は再生機器を外注生産している。新しい再生機器を考えた時点で特許申請してオープン化し、特許使用料を支払う事で、他社が特許を使用するのを認めている。他者に特許を使用させるのも、営業の一つなのだ。  だが、何事にも栄枯盛衰は付き物だ。バイリンガルの会話教材と再生機器を真似た低価格商品が現れている。『横山・会話教材機器販売』の新たな販売方法を考えねばならない時期に来ているのは確かだ。 『それなら、教材も『横山・会話教材機器販売』が作って販売するほうがいいわね。  以前あなたが話したように留学生を使うの。どんな会話が必要か検討する。私たちのアイデアを無償でバイリンガルへ渡す事はない・・・』  省吾たちが単独で新しい会話教材と機器を製作し、大々的に宣伝して販売する手もあるが資金がない。他企業の音響再生機器の開発に便乗するしかない。 『この事は母に内緒だよ。「教材機器販売部」増設や『横山・教材機器販売株式会社』設立を考える横山建設はライバルだよ・・・』 『もちろんさ・・・』 『小田亮に会う時はくれぐれも気をつけてね。私たちの事を話したらだめだよ。時空間転移したと気づかれるから・・・』 『わかりました・・・』  その日、夕食後。  理恵と省吾は英会話だけでなく、他の外国語会話についても、「文法と慣用句」を併記した「一般日常生活、教養、教育、旅行観光、ビジネス、学術、各種専門など」における、「会話速度、会話場面、専門会話、スラング」などの教材と、新しい再生方法と機器について、思いつく全てを検討した。
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