第1章

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「どかんか、餓鬼ども! 儂は足が悪いんだ」 耳をつんざく怒声に、私は思わず身をすくませた。遙人の方も驚いたらしく、あんぐりと口を開けていた。 声の先にはエレベータの前に集まるパジャマ姿の子供たち、それと足にギプスをつけて松葉杖をついた老人がいた。吊り上った目が見るからに怖そうだ。 子供たちは、渋々といった態で道を開けた。どうやら子供たちがはしゃいでいた場所は、エレベーターへと続く道になっていたらしい。レクリエーションルームに大幅にスペースを取られた空間では、そこが数少ない最短距離なのだ。 エレベーターが来ると、老人はさっさと乗り込み扉を閉めてしまった。少し離れた場所にはエレベーターに乗るために出て来たと思われる人達がいる。私達もその一組なのだけど。 「またあのおじいさん」 「相変わらず我儘で偏屈ねぇ」 「だからお見舞い誰も来ないのよ」 「あら、家族がいないんじゃなかったの?」 エレベーターに乗り損ねたおばさま集団から下世話な内緒話が始まった。内緒話にしては声がでかい。私たちのいる場所からでも十分聞こえるのだから、広場にいる子供たちにも聞こえてしまっているだろう。ああ、教育によくない…。 すると、子供たちが真似するようにひそひそ話を始める。不穏な内容じゃなければいいけど…。内心冷や汗をかいていると、隣で遙人が苦笑した。 そして、何を考えたのかエレベーターではなく、反対の広場の方へと進んでいく。これだから、世間知らずの文学青年は! 何を考えているのか分からないから、この先が恐ろしい。薬を貰って帰れるのは何時になるやら。 「みんなおいで! これからお兄さんとお姉さんが楽しいお話をしてあげるよ~。聞きたい子は、ここに集まれ!」 そんなので人が集まる訳が――私の予想とは裏腹に、子供たちがわらわらと駆けてくる。嘘でしょと思う間もなく、遙人がにこやかに手招きする。そこで、お姉さんと私が頭数に入っていることを思い出す。 ああ、これだから…。ため息ついても仕方ないので、子供たちを押さない様遙人の元まで駆けていく。彼の周りはすでに子供たちで一杯だった。 「さあ、みんな。今からシンデレラのお話をするよ~。でも、君たち知っているシンデレラとは少し違う。フランス生まれの詩人で作家シャルル・ペローの作品『サンドリヨン』の始まり始まり!」 使い古された合図と共に、文学青年のステージが開幕した。
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