カッターナイフと冷たい夜

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 窓から射す夜に月の姿はなく、木枯らしに揺れる庭のキンモクセイは寒気に打ちひしがれて歯を鳴らすように木の葉をざわめかした。  書籍の文面と窓の景色を交互に見ていた僕は、机の上に置かれていたカッターナイフを手に取る。刃は常に出したままであった。  1センチ幅ほどの刀身は血で錆びれ、本来の切れ味ではないが、人を傷つけるには必要以上といえるコンディションだった。    太陽光を虫眼鏡で集積し、黒い紙を燃やす実験を思い出す。  カッターナイフもそれと同じように窓越しに夜の外気をかき集め、刃を見ている僕の背筋を冷たくさせる。  一度唾を飲んだ後、本を裏返したまま机に置いた。カッターナイフを手に取り、開いている左の手首に押し当てた。  切り跡が何重にも重なり、手の甲の肌と比べると硬いように感じる。  柄を力強く握り、ぎゅ、と押し込んだ。  薄い線が入ったと思うと、根を張るように赤い線がゆっくりと落ちていく。  遅れて感じてきた痛みに顔をゆがめ、カッターナイフを机に戻した。  慣れてしまった。良い意味でも、悪い意味でも。  自分を傷つける事にはもう飽きてしまった。  でも、それ以外にこの感情を抑える方法を思いつかなくなってしまった。  この夜の冷たさにカッターナイフが共鳴していた。  肌が冷たい人は心が温かい証拠なんだよ、だなんてあなたは言ってくれたが、そんなことはないだろうな、と思った。
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