カッターナイフと冷たい夜

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 心臓の高鳴る音が聞こえ、胸を込み上げてくるような吐き気を覚える。続けざまに視界が歪み、脳が震えているような感覚が全身を舐めまわす。  鎮痛剤を求めるようにあわただしく両手を這わせ、開いたままだった書籍を抱きつくように手に取り、むさぼりつくように続きの文へ没頭した。  A6版に羅列された文字と単語と文章と鍵カッコを繋げ、交錯させ、映像を脳裏に構築していく。入場客が僕一人だけの映画館にいる気分だ。密閉された空間に充満しているのは孤独ではなく解放感。  またこの劇場で主人公は叫び、悪役は死に辿り、恋人はハートのマークを振りまく。  空の色さえ忘れてしまいそうな黒い箱の最深部の最下層に僕はうずくまっている。  爆発してしまいそうな感情を抑え込み、圧縮し、密封し続けていたらいつの間にか出来上がっていたこの場所の支配者である僕は、短い時間だけ王でいられる。  指揮を振り、断罪し、繁栄させる。劇場を作り、物語をつづる。  世界の始まり、そこに僕はいて。 「そろそろさ、いい加減ドアを開けなきゃ」  部屋の外からその声が聞こえるたび、僕は声を荒げて恐怖心をベッドの下に隠すんだ。 「うるせぇな! わかってる!」  悲鳴にも似た嗚咽をカッターナイフは吸い取り、冷たい夜に震える。
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