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そこには、何もない空間が存在していた。
おかしな言い方かも知れない。しかし、そうとしか表現出来ないのだ。
そこにあるのは、膝を抱えた人間が一人、入る事の出来る程の空間。
確かに視線を感じた筈なのに、そしてシーツの下で微かに動く気配を感じた筈なのに、そこには誰の姿もない。
驚く僕達を憐れむかのように、シーツは内側の空気を吐き出し、始めから何もなかったかのように、柔らかくベッドを覆った。ただ、濡れた獣のような臭いが鼻を掠めたように感じたのは、僕だけではない筈だ。三好遥香の、微かに寄せた眉根が、彼女もそれを感じた事を物語っている。
そしてベッドに残る窪み。まだ温もりも残っている。
それらは、少し前まで人がいた事を示すものだ。
僕は言葉を持たないまま、彼女と目を合わせる事しか出来ないでいた。
その後は、申し訳程度に、ベッドの下やカーテンの影に人がいない事を確認してから、彼の母親を呼んだ。彼女は狂ったように息子の姿を探し、僕達を質問責めにする。
息子は何処に行ったのか。
息子を何処へやったのか。
それに対する答え等、ある筈もなく、僕達は呆けたように彼女の顔を見るしかなかった。
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