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夜は、まだ明けない。
コロコビーズホテルを覆うドーム状の結界が消えた頃、荷物を抱えたアレンはまだホテルの中にいた。
彼は走っていた。今宵、自分が信じてやまなかった伝説の力を目の当たりにして、興奮が抑えきれない。
もっと間近で見ていたい。その衝動に狩られていた彼は、脳裏で一つの疑惑に結論を見出だしている。
しかし、力の矛先が自身へ向けられた時、興奮や歓喜によって封じ込められていた感情が爆発。
それは、恐怖だ。死戦を日常の外側に置いていた考古学者にとって、戦いは恐怖である。
涙を流し、鼻水を垂らし、一心不乱に突き進むのはコロコビーズホテル三階の客室廊下。
全力疾走をするのは、中学三年の時に行われた体力測定が最後。以降、これほどまでに息を切らし、走り続けたことは記憶になかった。
「ハァ……ハァ……」
滝のような汗を散らし、ついにアレンの足が止まる。眼前には白い扉のエレベーターがあるものの、壊れていて動かない。
今日を境に、彼の世界は変わった。
秘密結社や伝説の秘宝、これまでに否定されてきたあらゆる事柄を前に、心に決めたことがひとつある。
「ハァ……ハァ……どこに……ハァ……いけば……」
エレベーターに手をつき、その場に膝から座り込んだ。ニコラス・バッゲガルドの正体を、彼はまだ受け入れられずにいるようだ。
赤の絨毯が敷かれた廊下の静けさは、考えを巡らせるにはもってこいだ。
が、
「では、ここで問題です!」
不意に、聞き覚えのない声が響いた。アレンはとっさに我に返るも、振り向くことができない。
「五芒星の結界は、内部の状況を外に漏らすことはありません。ですが……」
声と共に、耳をつくのは靴の音。それはゆっくりと、確実に自身へ近づいてくる。
「……ホテル内の客達が、騒ぎを聞きつけて下に降りてこないのは、一体なぜでしょう!?」
勢いよく手を叩き、声の主の靴音は止まった。口調は陽気だが、ふざけているようにも思える。
「1、みんな寝ていて気づいていない。2、そんなことより野球が楽しみ……」
生唾を飲み、意を決して振り返る。
「3、すでにみんな死んでいる」
そこには全身オレンジ色の優男が、満面の笑みを浮かべて立っていた。
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