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「……なんだと?」
たまらず立ったまま前のめりになり、さらに血まみれの表情を歪めるスペンサー。
「これはスタントマンに聞いた話だよ。M・クラフトは工業地帯のダストシュートから空を飛んで脱出。彼も上層にいたらしくてね、木で梯子を作って登ったところに鉢合わせたらしい」
M・クラフトが空を飛べるという情報は、エルカニア王国の戦いに参加していた者しかわからない。
スペンサーは信じるしかなかった。途端に、あんな状況だったとはいえ、敵に全てを託したことへの後悔が胸に渦巻く。
「あたしに会いたいっていう理由は何?」
押し黙ったスペンサーを尻目に、ロベリアが尋ねる。彼女にとってはどうでもいいようだ。奴隷街の戦いにロベリアが加わっていれば、状況は違ったものになっていただろう。
「僕は今、″色欲の欠片″を探していてね」
布を反対の手に持ち替え、オレンジハットはロベリアに視線を移す。
「僕の友達の料理研究家から聞いた話じゃ、″星生街″から消えたらしいんだよ」
「……なんであたしが知ってると?」
「いやぁ、状況を考えたんだけどね。テース事件の収束後、あの場所に近づける″エール″は、君とリンジー・ウェストエールくらいなんだよね」
「俺らはお前らの誰かが持っていると思ってたけどな」
ふと口を挟んだスペンサーを、オレンジ色の瞳で睨む。
「探検部隊の連中が必死こいて探してた。こっちの選択肢は、お前らテロリストに絞られる」
「僕らも同じなんだよねぇ。インフィニティが持ってないなら、″エール″の誰かと考えるのが自然だろ?」
「どうせ、てめぇが嘘ついてんだろうがな」
「嘘が上手いのはお互い様さ」
″色欲の欠片″を持っているのは、対話をするスペンサーだ。首からぶら下げた黒の宝石を、衣服の内側に隠している。
だが偽りの言葉を吐いたのは、オレンジハットも同じ。
エルカニア王国から奪い取った奴隷を殺したのは、M・クラフトではなく彼自身だ。
「なんなら今ここで確かめてみるか? てめぇが″傲慢″を持ってんのは知ってんだぜ?」
「フフフ、やめとくよ。四人相手にこんな狭い場所で戦ってもねぇ」
「なんで教授が入ってんのよ?」
「僕はか弱い手品師さ。この現状が怖くて怖くて仕方ないよ」
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